参禅者の声

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I.Yさん

今、57歳の私にいかに必要であったか。

まずはじめに、このような機会をいただけたこと、大愚和尚様、ご指導いただいた僧侶様、スタッフの方々皆様に感謝致します。
そして、このテンプルステイにチャレンジし、最後まで楽しめた自分にも感謝。
気づきと変化は、筆舌できないほどのものがあり、思考そのものが変化の兆しが身の内で起こっている最中ですので、長文、散文、お許しください。

今、57歳の私にいかに必要であったか。心の感じるまま動けたこと、想定以上の体験ができたこと、それを新たなスタートとして今、感じていること、感じられた自分を嬉しく感じます。

テンプルステイで教えていただいたのは、実にシンプルなことだったなーと。生きていくうえで、基本となるものでした。その基本がなっていないということが、たったのテンプルステイ5泊6日で気づけた。それは、これから還暦を迎え、世の中と、自分と、どう付き合えばよいのか漠然とただモヤモヤしたものを抱えていた私には、大袈裟ではなく一筋の光明が見えた思いがしました。

世間的には、たったのの5泊6日の小旅行でしょう。私も、推しのお坊さんに会いに行くというミーハーな感覚がありました。実際、飲み仲間にそう話し、出家するの?と揶揄され、チャラチャラした心持ちがありました。ただ、それは表向けで裏側には、何かこのままではいけない、しかし何をしていいのかわからない、でも変えたい! そんな一心があり参加を決めました。

そしてテンプルステイを終えた翌日、東京の自宅で、今、なんというのか、、、例えていえば、私という木、気が、いままでいたところとちがうどこかに、同じところに居ながら居るという不思議な感覚をもって、今、この感想を書いています。

テンプルステイを終えて、今、感じるのは、自分自身との対話を、どれほど、いかにしてこなかったか、ということでした。それは、高校生のときから、自分を幸せに出来るのは自分。自分を幸せに出来なければ、他人を幸せになんてできない。まずは、自分を幸せに。そう思って今に至っていると思っていた自分には、自分の機嫌を取ることすら出来てない? あれ? かなり他人と比較して、それに優劣をつけ、満足と不満を抱えてる? と。しかも、相変わらず、ツメが甘いのよーとか、思い知りました。

習慣から思考、感情が生まれる、だからこそ習慣を無意識で出来るところまで落とし込む。無意識レベルまで、という大愚和尚の言葉は、私のこれからの指針です。

5泊6日のテンプルステイは、体験学習ではなく、お坊さんの修行に比べたらかなりラクなんでしょうが、もう、残り何日かを気にするほどキツかったです、とはいえ、若い頃、叱られるうちが花、と教わり鍛えられたので、なんというか、若い僧侶様にお叱りを受けると、おお、まだ花だなー、伸び代あるなーなんて、嬉しくも感じてたりしました。もう、クタクタで膝に水も溜まって痛いのに、、、いやー、廊下の雑巾がけ、マジで息があがった! 小学生の自分、すごいな!

そんなしんどさを支えてくれたのは、お寺の生活の自然の力かなと。ビルのなかで、しーんとしていると不安になりますが、お寺のなかは静かですが、鳥の囀り、風や木々、常に音がします。そして草花や土の匂い、陽の暖かみ、轟く雷鳴、雨の音、月や星。これらにどれほど感情が動くことか。テンプルステイ中は携帯はほぼ使えませんが、むしろ平安でした。それもびっくり!

作務の草抜き、トイレ掃除や、お供えの花を整えながら祖母や亡き父への思いが、浮かんでは消え、浮かんでは消え、不思議に和やかな心持ちになりました。

また、野菜とお米だけの食事が、どれほど美味しかったか。空腹は一番の調味料と和尚様は冗談めいて仰りましたが、いかに無駄が多いのか。この30年、食と酒を中心においてきた生活が刷新される思いがしました。

正直、大愚和尚のYouTubeを拝見して参加を決めたので、あの話し声、お伝えの仕方などに興味を覚えて参加したのですが、それがどれほど遠く険しいことかが、少し理解、否、おぼろげに理解できたことが嬉しく思う今です。ほんとうのほんとうは何処にあるのか。私なりに探っていけるかなと光明を得た思いの、今です。今後の自身に期待したいです。誠にありがとうございました。どうぞよろしう。