参禅者の声

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筒井裕美子さん

規律ある生活が満ち足りた日々を送るコツなんだと腑に落ち、 なんだか救われたような 実践していくのが楽しみになりました

以前受講させていただいた佛心僧学院の講義は毎回とても新鮮でしたが、
課題の提出はままならず不完全燃焼のような反省もありました。
そのうちに、
テンプルステイへの熱が日増しに大きくなり思い切って参加させていただきました。
関わっていただきまして大変お世話になりありがとうございました。

氣付ばあっという間の滞在で、
いのち喜ぶ読経の響き・・・
森の中を走り回った空気感・・・
美しい典座・・・
  
“悪しき習慣を良き習慣に変え、
善友とともに過ごす究極の日常” とは、まさにでした。
貴重な体験になり、参加して良かったと心から感謝しています。

以下、長くなり申し訳ありません。

まず驚いたのが「はい!」と言う言葉について、
ステイ中に何度も身に付けさせてもらって、
日々「はい」と言う習慣をほとんど失っていることに気づきました。
飛び交う返事は、新鮮でとても気持ちの良いものでした。
我が家だけでなく今の子ども達も 素直に元気に「はい!」と
返事をする習慣が減っているように感じています。
「はい」という素直な心。大発見です!
帰って思い出して、
娘と言葉遊びをするように試してみています。
人と人との交わりが素直で深いものになり、
活気に満ちて明るく生き生きしたものに変わるのを感じています。

早朝本堂での読経は心身を払い清められ活力が湧く神聖な時でした。
音の心地よさが全身に行き渡り、
内弟子の方々の日々御修行の努力が思われました。
これからも今朝も夕も、福厳寺で行われている日常を思うと励みになります。
今も私なりに読経を続けています。
  
寝食を共にして1.5倍速で動いて、
全身で真剣に取り組んだかけがえない時でした。
笑えるほど必死に走りまわりながら、一生懸命に味わった経験を活かしていく、
これからが始まりだなあと感じます。
限られた時間の中で精一杯掃除して、10分前行動に必死で協力しあって。
ついギリギリになりがちだったので10分前行動は、
ゆとりを持って次の作務に入る余裕が生まる他に、
人との関係でもすごくいいことが体験できました。

       
癖であった、こうでなくちゃいけないという自己否定は、
どれほど周囲に悪影響を与えていたか振り返ることができ大反省でした。
慈しみや愛語を忘れて自我丸出しになるくらいなら、
沈黙の方がよっぽど賢い。だから智慧が必要だと身に沁みました。

家族に、
出来ないところに目を向けるんじゃなくて、
相手が分からないことはわかりあうようにして、
結果できていけばいいんじゃない?と言われたことがあります。
完璧でないとダメだと出来ないことを責めて、
自分も周りも苦しい時がありました。
知り出来ることが増えることは豊かな気持ちで満たされ喜びなんですね。

テンプルステイの冒頭で大愚和尚さんが
「これまで経験したことがなかったことに新たな発見・刺激があります。」
「新たな自分自身を発見するステイです。チャレンジして精進してください。」
とおっしゃっていました。
過去の悪しき習慣・想い癖の執着を外して、
変わることを自分に許可すると、どんどん吸収して変化し成長できるのが分かります。

内弟子さんが、
誠意を持って相手の立場で話し、お伝えくださる姿勢の全てが学びで、
反省して次に活かしていらっしゃるところもさりげなくて心地よかったです。
至らない自分を慈しんで少しでも次に活かして精進しようと、氣付かせていただきました。
大切なことを教えていただきましてありがとうございました。

反省して次に活かすことを話し合った
夜座・和親の反省と感謝の時間も、みなさんの声が聴けてとてもよかったです。

素直に教わる喜びと協力し合うことで生まれる慈しみの気持ち。
自分ができて他の人ができなかったこと、
他の人ができて自分ができなかったこと、
お互いに助けあって過ごすことで感じられた一体感。
自分が無知だと残念がるよりも、
新しくできることが増える喜びを素直に楽しんだらみんなが幸せ。
気付いて変化していくことは素晴らしくて豊かですね。
善友の存在は大きいんですね。

また、
同室の方のあたたかな心配りに、
そんな声の掛け方があるんだ〜
そんな柔和な表情で話せるのか〜と、素敵な驚きと発見の連続でした。
お部屋も心地よくて安心して宿泊できました。
チームを組んでの作務は刺激的でとても新鮮でした。
参禅者の方ひとりひとりの素敵なところがだんだん見えてきて、
愛おしいような前から知っていたような親しみの気持ちになれたことは嬉しかったです。

  
大愚和尚さんから、
”自分は根っこを太く張った揺らぎない大きな木である意識の習慣は、
人との関わりでどんな時にも基本になる” と教えをいただきました。
”迷った時もそんな心地でいたら自然と良い方へ決断できる” とも。
「張りすぎても緩みすぎてもうまいくかない。中道でいること。」
この言葉も響いています。
”良くない方向に感情が向かっていると思ったら、氣づいてたち戻る。
根っこを張った大きな木になる。”

そういった教えを、
身体感覚でペアで実践できたのは目から鱗でわかりやすくて、
みなさんとの距離感がグッと縮まったのを感じました。
たくさん笑みが溢れて近づけた喜びが嬉しくて。
この実験では、
どこかで自分をいじめ相手を拒む思考もあったことも見つけました。
大愚和尚さんの語りは分かりやすくて、大愚道場も参加してみようと思います。

朝に想うことが1日を決めるともおっしゃっていました。
早朝起き、森が目覚め日常に入る前の読経、その後見る朝日。
思えばなんて贅沢なはじまりだったんだろう。
朝の時間が1日を決め善い習慣になっていく。
見直し大切に過ごす価値大ありです。

規律の中で全てにおいて みなさんと必死に、
いのちの全部が開き切って過ごしました。
10分前までにちからを合わせて一生懸命今に集中する。
朝4:45分の鐘の音の起床に始まり、
朝課晩課の読経では日ごとに声が出るようになって
読経が響き渡る音がとても気持ち良くて、朝焼けも美しい。

限りある時間での協力して精一杯の集中力で入るシャワー、東司の掃除、
疲れた身体にさらに坂道を走っていく姿は部活動のような刺激、楽しかったです。
自分ができることを精一杯行うことを体験するプログラム。
生きることはシンプルなのかもしれない。
私たちが心地よく幸せに生きていくために、
みんなとどんなふうに幸せを創っていこうかと思い巡らせる環境をいただきました。

さらに、
参加して良かったと思うのが、
掃除の仕方を学べたこと。
日常的な掃除を早朝に済ませ、作務に入る。
この動作の流れや規律の生活が実りある1日になりますね。
仲間と協力するとさらに効果倍増ですが、
まずは自らが行動するといい方向に流れそうです。
そして、整理整頓。
いらない物がなく、必要なものが必要な場所にきちんと納められている。
掃除道具の置き場所・使ったものを元へ戻すこと、空間の整え方、物を新品より美しく保つこと。
どの空間も美しくてとても心地よくて、実際に教わったのはかなり良かったです。
不要なものがなく自分の仕事に取り組める環境と規律は、
限りある命の時間を充実させるコツなのだと納得しました。
余裕を作りすぎたり煩雑すぎるより、
ひたすら一生懸命に取り組むと結果無駄がないように思います。
できるところから実践です。

これまでに不足はないけれど、
変われそうでいてモヤモヤした物足りないような思いがありました。
それは、ひとつには規律がいい加減だったことが分かり、
はっきりした規律をつくって生活することは深みある人生の基礎のようなもので、
これから試しながら改良していける明るみを感じました。
  
  
そうしたことは、
日中子どもが集まる場や 寝食の受け入れをしている我が家にとって、
探りながらも豊かになれるきっかけをもらい、
その気付きだけでもステイして良かったです。
精一杯時間を使うことで毎日が深くて充実したものに変わる体験の連続でした。
テンプルステイのことは読んで聞いて文字通りでしたが、
身を置いてしか味わえない宝のような体験でした。
家族に、ステイの生活内容を話すと、それくらい動いてちょうどいいよねと。
知恵を使って、沸いてくるチカラ使い切って生き切きる充足感。
だからこそ、規律ある生活が満ち足りた日々を送るコツなんだと腑に落ち、
なんだか救われたような 実践していくのが楽しみになりました。
失敗したり変化したり戸惑いながら試している最中です。

薪割りは個人的に大好きで、子ども達にも人気な作務です。
どんなことも面白くなったら全てがうまくまわっていくような気がします。

帰宅してから、体験を思い起こしながら掃除をしています。
まずストーブを分解してピカピカに磨きました。
外作務の後、温めさせてもらったのと同じストーブです。
綺麗になりますね。
心が洗われスッキリです。
見て見ぬ振りしていたことがどれだけ心の歪みになっていたか。
それから、
冷えた体に温かなお茶を淹れていただいた心配りも沁みました。
  
作務しながら思ったことは、
思考が活発に思い巡らす時と、何も考えない無の時とあって、
集中している間の思考はいい作用があるように感じました。

  
毎回感動の連続だった、典座は衝撃的でした。
典座〜食事作法は、美しくて素敵すぎてまだ言葉が見つかりません。
典座のコースあったら、ぜひ参加させていただきたいほどです。

ご飯はどれも美味しくて、
美しい作法の中で静かにいただき身体の内側から味わい贅沢なひとときでした。
3日目のハードな身体にいただいた、蓮根の入ったカレー 最高に沁みました。
私は辛いもの好きでとても美味しかったけれど、辛味は苦手な人もいるかもしれないなあと感じました。
最初にアレルギーの有無を書かせてもらって私は牛乳が苦手なので、1日目の豆乳スープも良かったです。
とにかく食の全ておいて樂しませていただきました。
食事中にお氣遣いの言葉もいただきまして助けられました。

FMTさんの身体から入る時間も、
いのちすべてが繋がっていることを全身で体感できました。
枕を使っての整体は初めてで、
背中が軽くなって真っ直ぐに伸びて床にピッタリくっつきそうで身体が楽になり、
すうっと眠ってしまいそうな心地よさでした。
しなやかな体はしなやかな心に繋がっているのですね。
それから、できる範囲でいいですからね、
と優しい声がけにもひとりひとりへの慈しみが温かかったです。

英幸さんがおっしゃっていた、
修証義を続けていた方のお話、素敵でとても印象的でした。
良き習慣を続けることは根っこが育ち、
いるだけで灯明を照らし与える人になっていくのですね。
私自身は、下の娘を亡くしてから般若心経を続けて5年経ちます。
この先50年お唱え続けたら約100歳。
ステイでは1日が100歳の年月にも相するような日常を過ごして、
さらに修証義もお唱え続けて歳を重ねる歳月が樂しみになりました。

ある時、御本尊の前で涙し座り込んでいたことがありました。
悲しみでも溜まったものが吐き出るでもなく、
払い清められたように不思議と心地よくすっきりと感謝で満たされました。
その時内弟子の方の配慮は忘れられません。
離れたところで座しておられ、寄り添ってくださっていたように感じました。
さりげない心配りと声がけに胸が一杯になったのを覚えています。
ありがとうございました。

それから内弟子の方が、
「2年ほどは モヤモヤしたものがありましたが、今は吹っ切れています」
というようなことをおっしゃっておられました。
日々誠意を込めて精一杯精進して継続するいのちは美しくて、まわりを照らす灯となり、
望めばいつからでも学べることを教わりました。
どこにいようと命ある限り 輝かすことができる。励みになります。

余談になるかもしれませんが、
以前ある人が私に「伝えるのに7年かかった」と言われました。
必要なメッセージを受け取るタイミングにそれだけかかったとのこと。
たやすく言われやすい人になった方が得だなあと、考えるきっかけになったことがあります。
素直で柔和で前向きで、誰とでも心地よい関係を創っている人は心地よいです。
我が剥き出しで自分で苦しみを作り出すような想いはもったいない。
思惟という言葉も知りました。
ある程度ワルでバカでいられるのも楽な人間関係のコツではないかとも感じます。
  

自分の至らなさでつい思いがちだったのが、
自分を押し込めたり分かってもらおうとしたり、自己中心な考えが抜けなかったこと。
私が ではなく、私たちがより善くなるために、
みんなはどう?みんなとどうしていったらいいかを実践していくことも教わった場でした。
人の数だけ意見や考えがあるのが当たり前で、
それをなんとかしようとするのはうまくいくはずがない。
普段失敗していた思考に、善い智慧の世界観が加わったように思います。
人の持つ悩み苦しみ痛みなどを、良い方へ照らしていく学びでした。

身口意の三業を考えてみると、
人や何かと通いあって行動を正しながら、心地よいまことの言葉を語って、世の中に想いを添えて照らして受け継いで、
切磋琢磨して苦しみから離れ豊かで幸せな人生を歩んでいくことでしょうか。
日ごと どんな言葉を使い、どんな行動をし、どんな想いを巡らすか、楽しみが増えました。

そういったことを
テンプルステイで過ごした究極の日常の中で、慈悲・知恵・仏性を育んで善い方へ習慣づけられるように方向づけてくれた場でした。
「願わくは、慈悲・知恵・仏性の三種を育み、心身堅固にして、大愚に一遇を照らさんことを」
これからどんなふうにどんな人たちと人生を想像して成長していくか。
立春と旧正月の始まりのタイミングで思い新たな時となりました。

ようやく参禅者14名の名前を覚えた頃にお終いになって、お別れが名残惜しいほどで、
温かな気持ちで満たされてまた会おうねと氣楽に言い合える友ができました。
こういうお仲間のことを善友と呼ぶんですね。
参加するのは敷居が高いと思っていましたが、
このステイで、大偶和尚さま・お世話になった内弟子の方々・参禅者のみなさんに出会えたことは宝です。
さらに全国・海外にも良き習慣を育んでいる方達がたくさんいらっしゃると思うと励みになります。
たくさんの灯で世の中が照らされていると思うとワクワクします。
今後も善友に出逢えることが楽しみになりました。

帰りに思い立って、祖父母のお墓参りに行きました。
命をつないでくれた先人の方へのご挨拶が出来てステイの報告もしました。
おかしかったのが、どこへ行っても しゃ手で走っていたこと。
習慣は続けて身につくのですね。あっという間の5日間でしたが、
忘れてしまわないように素早い行動がこれからもできるように継続です。

思いつくまま自分の覚書きのためにも長文になり
重複しているところがあるかもしれません。
すみません、いろいろ書き過ぎました。
読んでいただきましてありがとうございました。

羅漢堂での贅沢なひと時、火のゆらぎ。
全ての建物が美しく癒され心地よかったです。
まだまだ言い尽くせないほど自分への栄養になり、
新たな変容が始まっているのを感じています。
思えばあっという間だったプログラムのひと時ひと時は、
人生の質を深める探求のようでした。

また必要なタイミングで参加させていただきます。
参加前は高額かなと思いましたが、
考えてみれば 3食5日・一生を変化させる貴重な経験になる。
こんな贅沢な日常!ぜひ様々な方たちにお勧めします。

最後に、
福厳寺のテンプルステイにご縁をいただきまして素晴らしい出逢いに感謝いたします。
みなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。